「潟ボーイ's」&「潟ボーイ's2」

PROJECT

鳥屋野潟の美しさと、そこでの人々の暮らしの豊かさに気づく。

鳥屋野潟近くの水辺で生きてきた人々の暮らしぶりを地元の人の語り口で伝える冊子「潟ボーイ’s」シリーズ。取材をするまで「水と泥にまみれた苦渋の歴史」と思っていた鳥屋野潟での暮らしと農業。けれど取材のなかで、そのイメージは払拭されていきました。昔の鳥屋野潟を知る人たちは、やんちゃな子どものように目をキラキラさせて、潟で泳いだり魚やヒシなどをとっていた様子を話してくれます。環境の厳しさと同時に豊かな水郷でもあったこと、そこで暮らしてきた人々の姿を知りました。潟ボーイ’sをきっかけに、数年後U・STYLEは鳥屋野潟の畔に事務所を移転しここをフィールドとした地域ブランディング事業を起こすことになったのです。

 

2012年発行の「潟ボーイ's」は、水郷だった頃の様子をゆるっとしたイラストとともに表現した記念すべき第1弾。当時の暮らしぶりを市井の人の目線で切り取り冊子にしました。また、新潟コンピュータ専門学校とのコラボにより取材の様子をムービーを制作。冊子「潟ボーイ's」とムービーは、鳥屋野潟の環境を学ぶイベント「とやの物語」にて放映と配布され、多くの地域の子どもと大人に見てもらうことができました。また市内の小学校に教材としても活用され、この冊子をきっかけに「潟ボーイ's」たちが小学校に招かれ、特別授業も行われました。【発行:新潟市南商工振興会】

2013年発行の「潟ボーイ's2」では、農、漁、商の立場から見てきた鳥屋野潟を冊子にしました。鳥屋野潟周辺でのかつての稲刈りは、家庭用の舟「板合わせ」に刈った稲穂を乗せて運び、水路横にある“はさ”に掛けて行われたそうです。潟周りでは道路のように水路が広がり、舟は車の役割だったと聞き驚きました。また鳥屋野潟では以前、海からの魚も入ってきていてフナやコイの他にもウナギなども穫れていたこと(漁師の子どもはウナギ弁当!)、鳥屋野潟では昭和30年〜40年代に手漕ぎボートが流行し、鳥屋野潟は休日を楽しむ憩いの場として賑わっていたことも知りました。潟ボーイ’sシリーズを2年続け「今度は潟ガール'sしないの?」との声により、翌年潟ガール'sが登場します。【発行:新潟市南商工振興会】

2016年「潟ボーイ's環境編」が登場し潟ボーイ'sシリーズは5年目を迎えました。私たちは鳥屋野潟をより美しく保ち、地域の人々にとっての親しみと誇りを持てる水辺にしたいと考えています。古くからの鳥屋野潟を知り当時を知る人々の言葉には、そのためのヒントが多くあります。これからの潟ボーイ'sシリーズをよろしくお願いします。